よねちゃん:起業をしたその他の理由

工藤です。先週、福岡・大阪に出張にいって参りました。

東京に戻るために新大阪駅にいき、大阪最後の締めくくりとして、ベタにお好み焼きを食べました。

カウンターに座ると、手際よく次々とお好み焼きやネギ焼きが焼かれていきます。

ネギ焼きで大学時代の瀬戸を思い出した。(どうしているんだろう?)そのまま自然の流れで米(よね)ちゃんを思い出した。そしたら止まらなくなってしまった。


米ちゃんは東京工業大学で会いました。神戸から東京に出てきたが、多くの友人は関西大学にいったためほとんど友人がいませんでした。そんな不安いっぱいの僕に米ちゃんは話しかけてきました。広島学院出身で、自分の出身校である六甲学院と姉妹校なのもあり、すぐに仲良くなりました。

米ちゃんはお父さんが生命保険会社に勤めていて転勤族でした。そのためか、とても気を使うやつでした。大学の近くで下宿していたためよく彼の家でみんなで飲んでそのまま泊まっていきました。

学科も違うのを選び部活も異なったため、普段はあまり合わないのだが、理由をつけたりして1ヶ月に数回は飲んだりしていました。

僕も下宿していたので僕の家にくることもありました。その時はホットプレートでお好み焼きをみんなで作ってはそれを食べていました。瀬戸が勝手で、「おー、ネギ焼きにしよう」と勝手に大量のネギを消費し、ネギ焼きを作り始め皆に怒られたりしていました。

大柄な彼は高校時代水泳をやっていたこともあり、東工大の水球部に入りました。運動神経もよく、頼られる性格だったためかやがてキャプテンになり水球部を牽引していました。社交的なため他大学の水球部の人たちとも仲良くなっていきました。

もう大学2年くらいの時から就職活動のことを話していて、なんだが大人だなーって思ったものです。

お父さんと同じ生命保険会社に入社することになった米ちゃんは、名古屋勤務になりました。たまに東京に帰ってくるとスーツ姿でまだその頃大学院だった自分からは違う世界のように見えました。

横浜に転勤し、また久々にみんなで会った。米ちゃんはどんどん体が大きくなっている気がした。横浜のあそこのお店が美味しいだの、他愛もない話をした。確か須賀ちゃんの結婚式だったのかな?

次に米ちゃんに会ったのは奈良だった。彼の実家だ。

会社の関係者がいっぱい集まっていた。米ちゃんの大きな体は窮屈そうに箱に収められていた。東京から奈良に来るまでの間にいろいろ考えたがピンとこなかった。目の前に米ちゃんがいるのも不思議だった。でも、動かなかった。動きだして、「ウソだよー」と明るい声で言いそうな気もしたがそんなことにならなかった。花を彼の周りに添えた。

棺は霊柩車に載せられて火葬場に連れていかれた。

数日に前にオーストラリアのケアンズに行っていた米ちゃんはそこで突然倒れたらしい。そしてそのまま亡くなった。


ちょうどその時は転職や留学を考えていた時期だった。仕事が面白くなくなってきて、将来に希望がもてなかった。

人生は悩んでいる時間なんてないんだ、と教えてもらったのかもしれない。

米ちゃん、また一緒にお好み焼き食べよう。もう少し待っといて。

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工藤博樹

カナダ生まれ。カナダ、シンガポール、フランス、日本育ち。 ‘00 東京工業大学修士課程修了 ’00-08日本IBM グローバルプロジェクトのプロジェクトマネージャーを担当。’08 INSEAD MBA取得。欧州経営戦略事務所にて金融、製薬、製造業の大手企業向けに経営戦略をコンサルティング。'10年Locondo.jp立ち上げ。’11年スローガン新規事業パートナー、GREEグローバルアライアンス担当を務めた後 '12年2月にリブ株式会社で経理サービスを開始。